きっと大したことのない話

そんな気がする

『きのう何食べた?』が教えてくれたこと

 

と言う事でドラマ『きのう何食べた?』が最終回を迎えたので記録として、記念として、ここに書き留めようと思います。

 

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基本的には、とある中年ゲイカップルの日常つらつらドラマなのですが、このテン年代も終わる今

“人と共に生きていくとは?”

と考えさせられる素晴らしい深夜ドラマでした。

 

最終回でシロさんは、恋人のケンジを初めて実家に連れて帰る。

いざ息子の恋人(中年男性)に対面した両親はやっぱり複雑なんだけど、息子の生き様を認めようと不器用ながらも一生懸命歩み寄ろうとしてくれる。

 

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無事に実家訪問が終わった帰路でケンジが

 

『夢みたい。恋人の実家に行って、親御さんとご飯食べるなんて。だって俺にはそんな日が来るなんて永久にないと思ってたもん。もう俺ここで死んでもいい。』

 

と泣きながら“恋人の実家に行った”という幸せを噛みしめるんですね。

 

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あ〜そうか〜って、

恋人との未来を想像できるって、誰かに認めてもらえるって、めちゃめちゃ幸せな事なんだなって、気づきました。

2人は今の日本で婚姻関係にはなれない訳だけど、実家の両親に「また来てね。」なんて言ってもらえた。

それがどれだけ嬉しい事だったのか。

 

別に誰にも認められずに、2人っきりだけで生きてもいけるのだけど、誰かに自分と大切な人の存在を認められるってかなり喜ばしいことなんだね。

“結婚”ってなんなんだろうって考えるんだよね、たまに。(22歳未婚女性)

 

結婚って、社会的に「2人が共に生きていくことを証明する•認識してもらう1つのツール」であるけれど、

その真意を考えてみると、大切なお互いが「共に老いて朽ちてゆく責任と覚悟」を背負うことができる最大の喜びなんじゃないのか。

なんて思ったわけ。

私自身は「ゆくゆくは結婚したい!」とか特に思ってないけど、シロさんとケンジはしたい•したくないの前にそれを悩める立場にも立てない。

 

それって結構残酷なことじゃないですか?

 

やっと台湾でアジア初の同性婚が認められたけど、私たちの日本は一体いつになったら愛する人と共に生きていくことを許してくれるのだろうか。

 

ケンジがシロさんの実家に行ったことを泣きながら喜ぶのは当たり前だなぁと、私もウルウルしながら最終回を観ました。

愛っていいね。

ラブアンドピース

あなたと愛する人が明日も明後日も幸せでありますように。

おやすみ。